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まず米、そして野菜

最初は離乳食の記録、途中からは読書の記録。

島田さん。「3月のライオン」12巻までの感想

 12巻目は、物語の本筋からしばらく離れていた島田開八段が少し顔を見せたところで終わっている。ここで島田さんが出てくるのか、たまらんな、と思った。

 私は島田さんが気になって仕方がない。島田さんは、宗谷さんや土橋さんのように将棋がないと生きていけない人ではないし、桐山さんや二階堂さんのような強烈な外的要因があるわけでもない。島田さんには、故郷の人たちがついている。もし島田さんが穏やかな生活をしたいと望めば、いつでもできるに違いない。彼にはその能力も基盤もある。夢の中で「ええんだよ、開、プロになんてなれなくたって」と柔らかく語りかけた「じんちゃん」は、現実でも同じように暖かく迎えてくれるはずだ。逃げ道がある中で戦いつづけるのはどんな心境なんだろう、と思う。その意志の強さが私にはまぶしい。

 じんちゃんたちもさぞかし心配だろう。島田さんは、身を削りながら最前線に立っている。シリアスには胃痛、コミカルには抜け毛で描写されている島田さんの苦しみを、故郷の人たちが知らないわけがない。応援するのがつらいときもあるんじゃなかろうか。私ならつらい。島田さんみたいな人が家族にいたら私はキツい。

 戦う人の近くにいることは、それだけで覚悟がいる。6巻で相米二おじいちゃんは、いじめに泣きながら立ち向かおうとするひなちゃんを「胸を張れ!」と激励する。このコマでは、背景の仏壇がコマの真ん中に描かれていて、まるで二つの位牌が相米二さんに寄り添っているように見える。この位牌こそが、孫を猫かわいがりしたくて仕方ないはずの相米二さんが背負う覚悟なんだろう。相米二さんの涙目が私にはたまらない。私にはこんな覚悟はない。『3月のライオン』では、登場人物たちは何度も戦う覚悟を問われる。「お前はそれでも二階堂にこんなむごいことをしてやれるか」。厳しい。無理だ。物語の中には戦う人のそばにいることで心が折れた人の姿も描かれるが、私は確実にそっち側の人間だ。

 4巻で島田さんは、宗谷さんとの対戦を前にぼろぼろになりながら、天童駅の横断幕を回想する。その姿になんともいえない気持ちになる。故郷の煤けた段幕に意味なんか見いださなくていいんだ。まして、自分のこととして背負わなくたっていいんだ、そんなに胃が痛いなら。でも、二階堂さんが「楽しい子供時代なんて平気でかなぐり捨てた」ように、島田さんも幸せな生活をかなぐり捨ててここまできた棋士なんだろう。「みんなの期待も恩もどうしてもムダにはできなかった」といいながら、その実、その道を選び取っているのは彼自身だ。

 そんな島田さんが、12巻の終わりであかりさんと出会った。いじめられるひなちゃんを案じて 「逃げて欲しかった」と絞り出すように泣いていたあかりさんとだ。あかりさん自身の戦いが終わったこのタイミングで、だ。たまらんなあと思った。彼らが近しい人たちだったらとても見ていられない。それでも心配で、気になって仕方がない。読者という安全圏から島田さんたちを見ていられることを、私は強く喜ぶ。

3月のライオン 12 (ヤングアニマルコミックス)