まず米、そして野菜

最初は離乳食の記録、途中からは読書の記録。

君が離れていくまでは。「シロナガスクジラ」加藤 秀弘 著、大片 忠明 絵/「もしもしおかあさん」久保 喬 著、いもと ようこ 絵

その日、コハシは不安定だった。ちょっとしたことで怒っては泣き、悲しんでは泣く。疲れていたのかもしれないし、何かのできごとがあったのかもしれない。家に帰ってきてから、しばらく一緒に遊んで、最近楽しみにしている妖怪ウォッチ シャドウサイドのアニメを一緒に見た。飼い主と死に別れた犬が妖怪になった話だった(第6話「わらうドッグマン」)。妖怪の正体が分かったあたりで、コハシは静かに泣き始めた。はらはら涙をこぼしながら、「悲しい。コハシは、犬橋とお別れしたくなかった」という。犬橋が亡くなったときはよく分かっていないようだったのに、最近は、犬橋がいなくなったことを明確にさみしがる。本当に、なんだか、元気がない。こんなときは早く寝よう。寝かしつけてしまおう。

「……よーし、きょうはお母さん、絵本を4冊読んであげる!」
「えっ4冊も!? いいの? なんで?」
「お母さんが読みたい気分だから! でも何を読むかはコハシが決めていいから!」
「やったー!」

というような感じで気分が浮上したコハシは、4冊の絵本をいそいそと選び、早々に歯磨きを済ませてお布団に入った。布団には、コハシが選んだ本が、読んでほしい順番に重なって置かれている。うちの本棚から3冊、保育園から借りてきた本が1冊。保育園の本は、私が初めて読む本だ。

まずはうちでお馴染みの本から読み始めた。1冊、2冊。いいぞ、なかなか順調な滑り出しだ。3冊目を手に取ったとき、書名を見て少し困った。大丈夫かな。この本を読むと、コハシは悲しい気分になりがちなのだ。それとなくほかの本を薦めてみるも、これがいい、という。そうですか。では読みましょう。

メスのシロナガスクジラの、出産や子育ての様子を紹介した本だ。冬は北極海などの高緯度の「つめたいうみ」で過ごしているシロナガスクジラは、妊娠すると、出産のために、低緯度の「あたたかいうみ」へ移動する。そして、子クジラが生まれ、育ち、遠距離移動に耐えられるようになると、母子は「あたたかいうみ」から高緯度の海へと移動を開始する。道中、母クジラは子クジラを外敵から守り、子クジラは母をまねながら生きる術を学ぶ。そして、ついに「つめたいうみ」が近づいてきたころ、2頭は別々の方向へ泳ぎ出すのだ。親子の関わりをロードムービーのように描きながら、クジラの生態を教えてくれる本だ。著者は東京海洋大学の鯨類学者、加藤先生。

このラストシーンで、コハシは泣き出すことがある。真っ暗な北の海を背景に(この本に出てくる個体は冬季を北極海で過ごすようだ)、母クジラの背は画面奥へと遠ざかり、小さくなっていく。それを見送るように水面から上がる子クジラの尾びれが、なんとも物悲しい。この展開がコハシに刺さってしまうと、コハシは「ふたりがバラバラになってしまってかわいそう、ずっと一緒がよかったのに」と落ち込んでしまう。

反対に、「もうオトナだからお別れなんだよねえー!」とニコニコしているときもある。さあきょうはどっちだ? きょうは……目に見えて落ち込んでいる。歯を食いしばって泣いている。そりゃそうだ。きょうはきっと、そういう気分だ。

気を取り直して最後の1冊を読む。最後に残っていたのは、保育園から借りてきた、私が初めて読む本だ。表紙では、いもとようこさんの描くふわっふわの猫が、笑顔で電話をかけている。かわいい、あたたかそうな、柔らかい切り絵に安心する。よし、これを読んで、気分を変えて寝ましょう。

……この本をご存じの方はもうお気づきのことでしょう。もくろみは完全に外れました。

もしもしおかあさん

もしもしおかあさん

 

母猫が3匹の子猫を産む。とてもとても、とてもかわいい。電話が鳴る。人間たちが電話で話している横で、子猫は育つ。ある日、急に子猫が3匹ともいなくなる。母猫の夢の中で、電話が鳴る。もしもしおかあさん。3匹の子猫たちが、かわるがわるおかあさんに電話をかけてくる。母猫が聞く。「いま どこにいるの」。子猫が答える。「ぼく だいちゃんちに もらわれてきたんだよ」。別々の家に譲渡されていった子猫たちの、それぞれの新しい家族との話を、母猫は笑顔で聴く。「また でんわするね」。そして、最後の電話を切ったあと、母猫は、ひとりぼっちで背中を丸め、ため息をつくのだ。ああだめだ、これはだめだ。きょうの、この日の流れで読むのはだめなやつだ。

案の定コハシは泣いた。おかあさんねこ、かわいそうだよう。
私も泣きたい。早く寝かしつけようと思った計画は水の泡だ。

電気を消して布団をかぶって、コハシは言う。コハシたちは離ればなれにならないよね。そうだねと私は答える。大丈夫だよ、なにも心配することないよ。いろいろな未来が頭をよぎったけれど、大丈夫だよ、離れたりしないよと布団の上からポンポンとコハシを叩いた。実のところこれは私自身の願望だなあと苦笑しながら、一緒にいるよと言い続けた。

一緒にいるよ。おとうさんもすぐに帰ってくるよ。明日になったらお友達と遊ぼう。仲良しのYくんも、すぐに風邪が治って保育園に来る。誰もいなくなったりしない。みんなコハシと一緒にいるよ。大丈夫、大丈夫。

コハシが寝落ちするのには、ここから数十分を要した。