まず米、そして野菜

最初は離乳食の記録、途中からは読書の記録。

スッパダカマンの快哉。「おふろでちゃぷちゃぷ」松谷みよ子 著、いわさきちひろ 絵

我が家には、真っ裸な人を表現する言葉がいくつか存在する。スッパダカマン。オシリーマン。ハダカンボウズ。

余談だが、その他のバリエーションとして、オムツマンや、パンツマン、オシリマルダシマン(上半身だけは服を着て、下は裸のまま逃走する人のこと。トイレのあとによく出現する)、モウヌゲナイノヒト(絵本「もうぬげない」より、首に服が引っかかって脱げない人のこと)も、ある。

コハシは最近、ちゃんと服を着ていない状態をやたらと面白がるようになった。いわさきちひろさんの(そうだよ、この、いわさきちひろさんの!)詩情あふれる水彩画を前にしても、「この子、はだかんぼうだよねえー」とニヤニヤ笑ってしまうのだ。

表紙の子供は、絵本の最初では服を着ている。あひるちゃんに誘われて、お風呂に入るために急いで服を脱いでいく。とうとう全部脱ぎ終わって表紙と同じ絵が出てくると、コハシは「ああ―! ハダカンボウズだよねえー!」と笑う。絵本の子も「わーい はだかんぼだーい」と走り出している。二人とも、喜ぶのはそこか。風呂ではないのか。コハシも裸になると走りがちだ。なにがそんなに楽しいんだろう。

最後の「あたま あらって きゅーぴーさん」は、私が子供の頃、母によくやってもらった遊びだ。よし、ここはひとつ私も、と、コハシの毛を逆立ててみるのだが、コハシの反応は煮え切らない。洗い場の鏡を見るよりも、湯船で「ちゃぷちゃぷ」するほうが「だーいすき」らしい。そうだね。それもいいよね。コハシは「ちゃぷちゃぷ」というより、ざぱーん、ばしゃーん、という感じだけどね。

おふろでちゃぷちゃぷ (松谷みよ子 あかちゃんの本)

おふろでちゃぷちゃぷ (松谷みよ子 あかちゃんの本)

 

 

コール&レスポンス一人相撲。「がたんごとんがたんごとん」安西水丸 著

安西水丸さんの絵の、きっぱりした色と形が気持ちいい。話運びも言葉の数も、絵と同じようにすっきり削ぎ落とされている。車両の絶妙な歪み。地面の緑と背景の白の鮮やかな対比。

黒一色の機関車が「がたんごとんがたんごとん」と進んでは、行く先々で「のせてくださーい」と待つ乗客を乗せていく。このリズミカルな繰り返しが、絵本を読み聞かせる大人にも読んでもらう赤子にも親しみやすいからか、生まれて初めて触れる絵本として「じゃあじゃあびりびり」「いないいないばあ」と並ぶ人気の高さだ。検診のときにプレゼントしてくれる自治体もあるらしい。うらやましい。

機関車は寡黙なので、「のせてくださーい」の声には特に応えない。黙々と乗客を乗せ、「がたんごとん」と進む。コハシも、読み聞かせる私の声には応えてくれない。黙々と続きを促される。「よしきた! せーの、のせてくださーい!!」などと煽っても反応は薄い。親と子の掛け合いを楽しみたいんですけど、駄目なんですかね……面白いと思うんですけどね……。

乗客はバナナやスプーン、猫など、身近にあるものばかりだが、なんといったらいいのか、少し、違和感がある。哺乳瓶の顔の位置はそこなのか。猫の乗る場所はそこでいいのか。レイアウトがすっきりしている分、ちょっとしたひっかかりがじわじわくる。

機関車は最後の最後で「さようなら」と去っていく。クールだ。コハシは「もっかいよんで」とだけ言う。気に入っているようで何よりだ。

がたん ごとん がたん ごとん (福音館 あかちゃんの絵本)

がたん ごとん がたん ごとん (福音館 あかちゃんの絵本)

 

 

 

足取りのたどたどしさ。「こりゃまてまて」 中脇初枝 著、酒井駒子 絵

読み終わるとすぐ「もっかい読んで!」とリクエストされる絵本だ。つい昨日も続けて3回読まされた。酒井駒子さんの描く少し掠れた線がたまらない。ふよふよした髪の毛。何かに夢中になったときの少しとがった口元。体の割に大きい、アンバランスなあたま。説明書きがなくても分かる。ここに描かれているのは、まごうかたなき、1歳児だ!

1歳児は、興味の赴くままに手を伸ばす。天気のいい春の日、不器用に伸ばされる小さな手から、みんながのんびり逃げていく。ちょうは「ひらひらひら」。はとは「ばさばさばさ」。みんなそれぞれ、絵本のページの外側へ逃げてしまう。

最初に読んだとき、コハシは「しゅるしゅるしゅる」と草陰に潜り込むトカゲのしっぽを指差して、「あーあ」と言った。しっぽの絵だけでよく見分けたなあ、トカゲもヤモリもまだ見たことなかったのに。

この本の文字はスタンプで押しているんだろうか。ほんの少しふぞろいな文字列は、1歳児の覚束ない足取りのイメージによく合っている。目の前のものをよたよた追い回す、舌足らずな「こりゃまてまて」だ。

最後は、子供を呼び止める大人の声に変わる。「こりゃまてまて」と差し出される腕に、1歳児は簡単に捕まってしまうのだ。子供のやわらかそうなお腹をすっぽりと覆う、父親と思われる人物の大きな手。そうそう、この頃は、コハシの胴回りもこれくらいしかなかったんだよなあ。

こりゃ まてまて (0・1・2・えほん)

こりゃ まてまて (0・1・2・えほん)

 

 

グラフィカル貨物の疾走。「はしれ! かもつたちのぎょうれつ」ドナルド・クリューズ著

JR武蔵野線で電車を待っているとき、目の前を貨物列車が通り過ぎた。見慣れた通勤電車とは明らかに違う、埃っぽい鈍色。延々と連なる車両。金属音を響かせて、たっぷり時間をかけて通り過ぎる威容に、コハシはノックダウンされた。「今のは貨物列車っていうんだよ」と伝えると、大人の言葉を繰り返すことができるようになったばかりのコハシは興奮気味に復唱した。「おむつれっしゃ!!」……そうか。おむつか。

この絵本で表現されているのは、あの時コハシの前を駆け抜けた「かもつたちのぎょうれつ」の疾走感だ。なんだかよくわからない、見慣れないかたちの箱が、何ページも使って描かれている。この絵本の「かもつたち」は、一両ずつ違う。とてもスタイリッシュな形と、美しい色を持っている。それぞれの車両の説明もある。「オレンジいろのタンク」、「じょうごみたいなきいろいくるま」。でも、簡素化されたフォルムの車両たちからは、中にどんな荷物がつまれているのか、どうしてこの形なのかは、見て取ることができない。カラフルでミステリアスな箱の連なりの先頭に、真っ黒い機関車がいる。重々しく煙を吐いている。

ぎょうれつのスピードが上がると、かもつたちは輪郭が溶け、色が混ざる。ここからはあっという間だ。塊になって風景を切り裂いたかと思うと、遠くへ消えてしまう。

なんかよくわかんないけど、長くて、早くて、すごくかっこいいもんを見た。そういう、あのJRの貨物列車を見たときと同じ気持ちを味わえる本だ。

はしれ!かもつたちのぎょうれつ (評論社の児童図書館・絵本の部屋)

はしれ!かもつたちのぎょうれつ (評論社の児童図書館・絵本の部屋)

 

 

 

「ムジカ・ピッコリーノ 第4期」(NHK 2016年4月~8月放送)

8/19に最終回の20話目が放送された。ああ、終わっちゃった。いつかまた、メロトロン号の人々と、できればピッコリーノ号の面々にも、新しいエピソードで会いたいな。ゴンドリーさんがユーフォニウムのモンストロに出会えなかったのは、5期への布石だと思いたい。お願い、会わせてあげて! チューバの回が忘れられないんだ! 部屋を出て行くゴンドリーさんの後ろ姿が忘れられないんだ!!

それにしても、楽しかったな。メロトロン号の乗組員は今回も魅力的だった。艶を増すアリーナの歌声、おどけた演技とかっこいい演奏のギャップで魅せるポンさん、摑みどころのない存在感がたまらないリヒャルト船長、脇をガチッと締めるゴンドリーさんとゴーシュさん(知人がゴーシュさんにそっくりなので親近感やばい)、みるみる美しい青年に成長するエリオット。特にエリオットの成長ぶりは……。「男子3日会わざれば刮目して見よ」って本当だったんだなと思わされる。

ドクトルジョーとローリー司令官の異色の掛け合いも、目が離せなかった。なんだ、あれだ、萌えた。すばらしかった。隣で無表情を貫くモレッティさんも安定の素敵さで、ローリー司令官の過剰すぎる顔芸との対比で毎回お腹が痛くなるくらい笑いました。そうそう、使われているトラベラーズノートスチームパンクな世界観にぴったりで、既製品には思えない溶け込みっぷりでしたね。

もちろん楽曲も思い出深い。物語に出てくる善き魔女が奏でているような、キュートな「my favorite things」。演奏者みんながはじけちゃいそうに可愛かった「黒猫のタンゴ」。「キラキラ星」はちょうどコハシが保育園で覚えてきたところだったので一緒に歌えたし、「村祭」は迫力ある演奏に親子で釘付けになった。「We will rock you」は何と混ぜてもかっこよくなる名曲だと思いますが和太鼓と合わさるとまた格別だな!

あれだけ楽器と楽曲の解説を詰め込んで、物語も進めて、どっちのクオリティもよくて、なんて贅沢な番組なんだろう。制作者の皆さま、楽しかったです。本当に楽しかったです。ありがとうございました。最後の最後が「エイトメロディーズ」で、メロトロン号の演奏でこの曲が聴けるのが嬉しくもあり、本当に終わるのだなあと実感してさみしくもあり、ブートラジオを受信してあえかに瞬く電球の光、いやあ、きれいな最終回でした。

 

www4.nhk.or.jp

columbia.jp

ムジカ・ピッコリーノ Mr.グレープフルーツのブートラジオ(仮)

ムジカ・ピッコリーノ Mr.グレープフルーツのブートラジオ(仮)

 

 

 

タイポグラフィと、文字を持たない読者。 「るるるるる」五味太郎 著

この本に出てくる文字は、「る」と「ぐ」と「れ」の3種類だけだ。五味太郎さんの味のある書き文字ではなく、すっきりとしたフォント(ゴシック体?)が使われている。プロペラ機の後ろに伸びる「る る る る る」の文字列は、エンジン音を表しているのだろうか。途中、雲に入ったり、ほかの飛行機の群れの中に飛び込んだりという場面の変化に合わせて、文字の色や大きさが変化する。「る」の文字が小さくなったり、ばらけたり、背景に溶けるような薄い色になったりする。

コハシは、文字がどういうものかまだ分かっていないようにみえる。ひらがなで書かれた自分の名前を見分けることはできるが、それが3文字のマークから成り立っていること、それぞれが「コ・ハ・シ」という音に対応していることは、最近になってから理解した。

私の発する「る」という音と、この絵本に印字されている「る」という形のマークとが関連していることに、コハシはまだ気付いていない。コハシにも分かりやすいように文字をひとつひとつ指し示しながら「る、る、る、る、る」と読んでみたけれど、特に気にしたふうではなかった。それでも、これはコハシのお気に入りの一冊で、「るるるるる、読もう!」と言っては本棚から取り出してくる。何しろ「る」しか書かれていないので、読み聞かせるときは文字に合わせて「る」の声色を変えてみせるしかない。タカハシと私の「る」の解釈は違うので、私たち二人の読み聞かせ方は全然違う。コハシにとってはそんなところも面白いのかもしれない。

私たちには「る」の文字と「る」の音が紐付いてインストールされているから、紙面に印字された「る」を見れば、「る」の音を感じることできる。青空を飛ぶ軽やかな音を、黒雲を押し分けて進む重低音を、降り注ぐような轟音を、文字の形から聞き取れる。

じゃあ、コハシは?

「る」が「る」ではない世界に住んでいるコハシの目に、この本はどんなふうに映っているんだろう。

るるるるる

るるるるる

 

 

子供から鉄道マニアまで。 「やこうれっしゃ」西村繁男 著

コハシが触れた初めての字のない絵本だ。字がないからといって易しい内容ではない。福音館の絵本は裏表紙に対象年齢が書いてあるが、この本は「読んであげるなら4歳から、自分で読むなら小学低学年から」と、なかなかの難易度だ。

文があれば、物語は一つの筋にフォーカスされる。この本は文章の制約がないぶん、それぞれの人物が同時進行でばらばらに動いている。上野発・金沢行きの夜行列車に乗り合わせた人々の、出発から到着までの群像劇だ。焦点の当て方を変えれば、たくさんの物語を読み取ることができる。

初版は1980年だから、描かれているのは70年代の様子だろうか。ごった返す上野の中央改札を俯瞰してホームに入ると、見開きいっぱいに最後尾の車両が描かれている。電車のまわりには、慌ただしく乗車の準備をする人々がいる。ここからページを開くたびに視点が前の車両に移動していき、それとともに時間が進むという構成だ。道中、車外の風景はほとんど分からない。車内で過ごす人々の様子から、時間の流れが見てとれる。

旅慣れたサラリーマン。賑やかな家族連れ。晴れがましい旅なのか、風呂敷包みの荷物を提げた和装の人。ギターを抱えた青年4人組は夜通しカードゲームで遊んでいるし、みんなが寝静まった夜更けに、夜泣きする赤ちゃんをあやす困り顔の女性もいる。

先頭車両が描かれる頃には、車体にはうっすら雪が積もっている。ほっとした顔でホームに降りる乗客たち。コハシと一緒に読むときは、中表紙に描かれた家族を追いかけることが多い。赤ちゃんと、小さな男の子と、お父さんとお母さんの4人組で、男の子はお父さんに手を引かれて電車に乗り込み、お母さんは席に着くとほっとした様子で赤ちゃんを背中から下ろす。一晩たって金沢駅のホームに降り立つと、老夫婦が笑顔で4人を出迎えてくれるのだ。ほうら、男の子がおじいちゃんに抱っこしてもらってるよ、よかったねえよかったねえ。おしまい。改札はもちろん自動改札ではなく、乗客たちは駅員さんに切符を手渡して去っていく。

私は門外漢なので分からないけれど、この絵本の電車の絵は、鉄道マニアがなにかを語りたくなるほど精緻なようだ。さまざまな解説をネット上で見つけることができる。たとえばアマゾンのレビューはこんな感じ。

投稿者 富山第2機関区

この絵本のモデルとなった上野発上越線回り金沢行「能登」号が昭和57年の上越新幹線開通で廃止になってからもう四半世紀たつのですね。(略)
午後9時ちょっと前に福井行の「越前」が13番線を出発すると入れ替わりに貨車みたいな荷物車のスニ41を先頭に後進(推進)運転で行き止まりのホームへ到着します。
スニ41に次に連結されているのが絵本だとB寝台のオハネフ12ですが、実物はA寝台のオロネ10、表紙で先頭のEF58の次に並んでいるのがオハネフ12ですが実物はスハフ42、絵本では終点の金沢までEF58が牽引していることになっていますが、実際は長岡でEF81に交代して終点の金沢まで走るなど若干実際とは異なっています。

 

電車だけでなく、人々や背景も一つ一つがていねいに描かれていて、見ていて飽きない。服装や看板などから70年代当時の雰囲気を味わうことができる。一番時代を感じたのが、金沢駅のホームの水道で歯を磨いている女性の姿だ。これは、今は、見られないよなあ。 

やこうれっしゃ (こどものとも傑作集)

やこうれっしゃ (こどものとも傑作集)