まず米、そして野菜

最初は離乳食の記録、途中からは読書の記録。

タイポグラフィと、文字を持たない読者。 「るるるるる」五味太郎 著

この本に出てくる文字は、「る」と「ぐ」と「れ」の3種類だけだ。五味太郎さんの味のある書き文字ではなく、すっきりとしたフォント(ゴシック体?)が使われている。プロペラ機の後ろに伸びる「る る る る る」の文字列は、エンジン音を表しているのだろうか。途中、雲に入ったり、ほかの飛行機の群れの中に飛び込んだりという場面の変化に合わせて、文字の色や大きさが変化する。「る」の文字が小さくなったり、ばらけたり、背景に溶けるような薄い色になったりする。

コハシは、文字がどういうものかまだ分かっていないようにみえる。ひらがなで書かれた自分の名前を見分けることはできるが、それが3文字のマークから成り立っていること、それぞれが「コ・ハ・シ」という音に対応していることは、最近になってから理解した。

私の発する「る」という音と、この絵本に印字されている「る」という形のマークとが関連していることに、コハシはまだ気付いていない。コハシにも分かりやすいように文字をひとつひとつ指し示しながら「る、る、る、る、る」と読んでみたけれど、特に気にしたふうではなかった。それでも、これはコハシのお気に入りの一冊で、「るるるるる、読もう!」と言っては本棚から取り出してくる。何しろ「る」しか書かれていないので、読み聞かせるときは文字に合わせて「る」の声色を変えてみせるしかない。タカハシと私の「る」の解釈は違うので、私たち二人の読み聞かせ方は全然違う。コハシにとってはそんなところも面白いのかもしれない。

私たちには「る」の文字と「る」の音が紐付いてインストールされているから、紙面に印字された「る」を見れば、「る」の音を感じることできる。青空を飛ぶ軽やかな音を、黒雲を押し分けて進む重低音を、降り注ぐような轟音を、文字の形から聞き取れる。

じゃあ、コハシは?

「る」が「る」ではない世界に住んでいるコハシの目に、この本はどんなふうに映っているんだろう。

るるるるる

るるるるる

 

 

子供から鉄道マニアまで。 「やこうれっしゃ」西村繁男 著

コハシが触れた初めての字のない絵本だ。字がないからといって易しい内容ではない。福音館の絵本は裏表紙に対象年齢が書いてあるが、この本は「読んであげるなら4歳から、自分で読むなら小学低学年から」と、なかなかの難易度だ。

文があれば、物語は一つの筋にフォーカスされる。この本は文章の制約がないぶん、それぞれの人物が同時進行でばらばらに動いている。上野発・金沢行きの夜行列車に乗り合わせた人々の、出発から到着までの群像劇だ。焦点の当て方を変えれば、たくさんの物語を読み取ることができる。

初版は1980年だから、描かれているのは70年代の様子だろうか。ごった返す上野の中央改札を俯瞰してホームに入ると、見開きいっぱいに最後尾の車両が描かれている。電車のまわりには、慌ただしく乗車の準備をする人々がいる。ここからページを開くたびに視点が前の車両に移動していき、それとともに時間が進むという構成だ。道中、車外の風景はほとんど分からない。車内で過ごす人々の様子から、時間の流れが見てとれる。

旅慣れたサラリーマン。賑やかな家族連れ。晴れがましい旅なのか、風呂敷包みの荷物を提げた和装の人。ギターを抱えた青年4人組は夜通しカードゲームで遊んでいるし、みんなが寝静まった夜更けに、夜泣きする赤ちゃんをあやす困り顔の女性もいる。

先頭車両が描かれる頃には、車体にはうっすら雪が積もっている。ほっとした顔でホームに降りる乗客たち。コハシと一緒に読むときは、中表紙に描かれた家族を追いかけることが多い。赤ちゃんと、小さな男の子と、お父さんとお母さんの4人組で、男の子はお父さんに手を引かれて電車に乗り込み、お母さんは席に着くとほっとした様子で赤ちゃんを背中から下ろす。一晩たって金沢駅のホームに降り立つと、老夫婦が笑顔で4人を出迎えてくれるのだ。ほうら、男の子がおじいちゃんに抱っこしてもらってるよ、よかったねえよかったねえ。おしまい。改札はもちろん自動改札ではなく、乗客たちは駅員さんに切符を手渡して去っていく。

私は門外漢なので分からないけれど、この絵本の電車の絵は、鉄道マニアがなにかを語りたくなるほど精緻なようだ。さまざまな解説をネット上で見つけることができる。たとえばアマゾンのレビューはこんな感じ。

投稿者 富山第2機関区

この絵本のモデルとなった上野発上越線回り金沢行「能登」号が昭和57年の上越新幹線開通で廃止になってからもう四半世紀たつのですね。(略)
午後9時ちょっと前に福井行の「越前」が13番線を出発すると入れ替わりに貨車みたいな荷物車のスニ41を先頭に後進(推進)運転で行き止まりのホームへ到着します。
スニ41に次に連結されているのが絵本だとB寝台のオハネフ12ですが、実物はA寝台のオロネ10、表紙で先頭のEF58の次に並んでいるのがオハネフ12ですが実物はスハフ42、絵本では終点の金沢までEF58が牽引していることになっていますが、実際は長岡でEF81に交代して終点の金沢まで走るなど若干実際とは異なっています。

 

電車だけでなく、人々や背景も一つ一つがていねいに描かれていて、見ていて飽きない。服装や看板などから70年代当時の雰囲気を味わうことができる。一番時代を感じたのが、金沢駅のホームの水道で歯を磨いている女性の姿だ。これは、今は、見られないよなあ。 

やこうれっしゃ (こどものとも傑作集)

やこうれっしゃ (こどものとも傑作集)

 

 

この本は私が独り占めする。 「Eric Carle's ABC 」エリック・カール 著

 ふらっと立ち寄ったお店で売っていて一目惚れした。一辺の長さが20cmもない、小ぶりな絵本だ。表紙は厚みがあって、なんだかぷくぷくしている。作者は「はらぺこあおむし」でおなじみの、俺たちの! エリック・カール。「A」は「ants」、「B」は「bird」、「C」は「crocodile」……といった具合に、頭文字がABCの順に動物の絵が1ページに1つずつ並んでいて、右のページはフリップのようにめくる仕掛けになっている。真っ白な背景に、エリック・カール特有の鮮やかなコラージュが映える。

コハシに「見せて」とせがまれたけれど、ページがぐしゃぐしゃになるのが目に見えていたので「いやです、これは私のだから! 私が大事に見るやつだから!」と急いで買って鞄にしまい込んだ。ふと視線を感じて横を向いたら、一緒に買い物に来ていた義母が呆然とこちらを見ていた。私の奇行に義母はかなり慣らされてきたけれど、今でもたまに驚かせてしまう。

言い訳をさせてもらうならばだ。この本、動物のチョイスが妙に渋い。文字の覚えやすさは二の次で、作者が描きたいものを描いているふしがある。例えば、「V」は「vulture(ハゲワシ)」、「W」は「walrus(セイウチ)」。「Q」の「quetzal(ケツァール) 」や「N」の「narwhal(イッカククジラ)」など。渋い。これから文字を覚えようっていう人たち向けにしては、渋い。私なら「まさかのハゲワシ! すごいや首がオレンジだね!」って喜べるけれども。そう、私なら喜べる。コハシは喜べるかなーどうかなー喜ばないんじゃないかなー。それなら私が独占してもいいはずだ!

米国のAmazonのカスタマーレビューには、「子供にはめくりにくい」、「フリップ部分をすぐに千切られた」といったコメントが付いている。そうでしょうそうでしょう。やっぱりコハシに見せるのはもう少しあとにしようっと。 

Eric Carle's ABC (The World of Eric Carle)

Eric Carle's ABC (The World of Eric Carle)

 

 

問答無用の楽しさ。 「はらぺこあおむし」エリック・カール 著

コハシが産まれて間もないころ、あおむしの人形とボードブックがセットになったものを頂いた。「はらぺこあおむし」は自分でも買うつもりだったけれど、小さいボードブックのタイプと普通のハードカバーのタイプとで迷ってしまい、いつまでも買えなそうだったので、贈ってもらえて感謝した。

人形というのはすごいもので、指揮棒のようにみょんみょん振り回しながら音読しているだけで面白がってもらえる。電車の中でコハシ相手にみょんみょんみょんみょん読んでいたら、隣の席にいた女の子(小学校低学年)が身を乗り出して人形を見ていて、ついでに私の音読も聞いてくれた。気をよくした彼女は読み終わったあと「変なおじさん」の踊りを披露してくれた。楽しかった。

はらぺこあおむし」は、もちろん物語自体も面白い。曜日と数(5まで)の概念が織り込まれているけれど、コハシは気にしないで楽しんでいるし、私もこの記事を書くまで意識していなかった。あらためて読むとよくできている。

日曜日に卵から孵った青虫が、1週間の間に次々に食べ物を食べていく。色鮮やかな果物の絵には、虫喰いを模した小さな穴があいている。私はこの穴が大好きだ。ボードブック版にあいた穴は、コハシの指先が少し入るくらいの大きさで、あおむしの小ささが想像できて、かわいい。前述のハードカバー版の穴はもう少し大きいだろうけれど、薄い紙だから指を突っ込んだら本が傷んでしまうかもしれない。他にも、大人数の読み聞かせに使うような横幅が60㎝近くもある大型絵本もあって、見せてもらったのは保育園だったか図書館だったか、大きな紙にまあるく大きくあいた穴には、覗き込みたくなるような魅力があった。

コハシはといえば、最初は人形の動きを面白がるだけだったが、そのうち、物語の最後の、あおむしが羽化して蝶になるシーンがお気に入りになった。読み聞かせをねだっては「月曜日」に差し掛かったあたりで「どーん!!」と力任せに最終ページを開くという暴挙に出たので、指が挟まれて痛かった。

しばらくすると、保育園で「はらぺこあおむし」のうたを覚えてきた。絵本の文章にまるごとメロディーをつけたものだ。うたの中でコハシが気に入った部分は、読み聞かせではちょうど飛ばしていた部分だったので、結果として全部読むようになった。「げっちゅよーぴー、げっちゅよーぴー、(よく覚えていないのでもごもご)、したー。かっよおーぴー、かっよおーぴー、……」といった調子で、のりのりでうたう。楽しい。

はらぺこあおむし+ぬいぐるみ ギフトセット ([バラエティ])
 

 

 

はらぺこあおむし エリック=カール作

はらぺこあおむし エリック=カール作

 

 

CD  エリック・カール絵本うた

CD エリック・カール絵本うた

 

 



 

喜ぶかと思ったんだけど。 「アナと雪の女王」(映画 2013年)

今週のお題「映画の夏」

はてなブログのお題企画から、雪景色が涼しげなこの映画の話でも、ひとつ。

公開時からずっと見たかったこの映画は、コハシが2歳になってからようやく見ることができた。コハシはこの映画の主題歌を保育園で覚えてきて、家でも1人でよく歌っている。実際にエルサが歌っているところを見せたらどんな反応をするのか、見てみたくもあった。

冒頭の雪山のシーンで私は少し心配になった。コハシは恐ろし気な映像をひどく怖がるようになっていたからだ。屈強な男たちの野太い歌声はいかにも怖そうだ。そっと様子を伺うと、コハシはニコニコしながら音楽に合わせて体を揺らしていた。私は安心して続きを見ることにした。

物語はぐんぐんと進む。これでもかと詰め込まれた要素たちが、雪崩をうって押し寄せてくる。姉、妹。魔法が使える人、使えない人。生き物に好かれる人、嫌われる人。城の中の人、外の人。国の中の人、外の人。人里、山奥。人と、人ではない者。閉じられ、開かれ、また閉じられる扉。あっという間にお待ちかねのテーマソングになり、コハシは「あー! ありのーままのーだ!」と画面を指して声を上げた。そうそう、その顔が見たかったんだよ!

急変したのはそのあとだ。

コハシがどこから怖がっていたのかは分からない。私もついつい映画に没頭してしまって、コハシの変化に気付かなかった。とにかく、コハシは突然「怖いいいい!」と叫んで私にしがみついてきた。テレビ画面では、雪の塊で出来た巨大なモンスターが太い腕を振り回して主役たちに襲いかかっている。恐慌状態に陥るコハシ。「やだやだやだやだ!」と力任せに抱きつかれて、私はリモコンに手が届かない。

ますますしがみつくコハシ。

遠のくリモコン。

モンスターの咆哮をかき消すコハシの叫び声。

 

結局、この一件によって、コハシはこの映画を恐怖映画だと認識した。なんとか印象を改善したくて幸せいっぱいのラストシーンを見せてみたけれど、「舞い散る花びらの中で見つめ合う登場人物たち」という最強にハッピーなシーンですら、コハシは「これこわい!!」と絶叫して逃げてしまった。こりゃダメだ。この映画をコハシと楽しめる日はいつになるだろう。

ただ、苦手になったのは映画だけで、テーマソングは未だに喜んで歌っている。店先でアナ雪グッズを見つけると、「これ、ありのーままのーね?」と嬉しそうに知らせてくる。おかあさん、君の怖さの基準が分からないよ。

 

 

 

はじめての、の、一歩先。 「たのしいいちにち(はじめてのこぐまちゃん)」若山憲 著

前の記事の「どうぶつ」「じどうしゃ」とこの本とを合わせた3冊で、「はじめてのこぐまちゃんシリーズ」なのだそうだ。対象年齢は「0歳から2歳ごろまで」。その中でもこの本は、いくつかの言葉や時間の流れを理解できるようになった人に向けてつくられているような気がする。前述の2冊は1ページに一つのものしか出てこなかったが、この本にはものの動き、時間の流れが出てくるからだ。

朝ご飯を食べるところから布団に入って寝るまで、こぐまちゃんの1日の様子が描かれている。左ページには活動するこぐまちゃんの姿が、右のページには関連する小道具が並べられていて、見開き2ページで1シーンだ。左のページでこぐまちゃんが朝ご飯を食べていれば、右のページには目玉焼きやコップが並んでいる、といった調子。

コハシは最初、りんごや歯ブラシなどのアイテムにだけ反応して、こぐまちゃんの動きには無関心だった。「こぐまちゃん」というキャラクター自体に興味が薄いからかもしれない。2歳も半ばを過ぎてから、「はみがきねー」「ねんねねー」と、こぐまちゃんの動きにも注目するようになってきた。

 

たのしいいちにち (はじめてのこぐまちゃんシリーズ)

たのしいいちにち (はじめてのこぐまちゃんシリーズ)

 

 

 

配色の妙。 「じどうしゃ(はじめてのこぐまちゃん)」若山憲 著

前の記事の「どうぶつ」と同じシリーズの本。コハシが初めて触れることになった乗り物絵本だ。いや、2冊目だったかな。3冊目だったかな。まあとにかくそれくらい初期だ。

普段の様子から、電車や大型車に興味があることは分かっていたけれど、乗り物の本に対する食いつきのよさには目を見張った。本の内容は「どうぶつ」同様シンプルで、「じょうようしゃ」「バス」などが1ページに一つずつ描かれている。めくるたびにコハシは目を輝かせて「ばーすー!」「きゅうきゅうしゃ!」と叫ぶ。

肝心のこぐまちゃんは、最後の見開きページと表紙の2カ所にしか出てこない。それでも、表紙にしか出てこない「どうぶつ」と比べれば、出演回数は2倍に増えたといえよう。

若山さんの描く車は、これ以上ないくらい簡略化されつつも「メカっぽさ」を損なっていないのが、すごい。「ブルドーザ」の足回りや「パワーショベル」の油圧の表現にはほれぼれしてしまう。

若山さんの絵は、奇抜な配色にもかかわらずなぜか落ち着いた色あいに見える。車の窓を黄色や黄緑色に塗りつぶしたり、かなり大胆な色使いをしているのに親しみやすいのはどうしてなんだろう。こぐまちゃんの目のオレンジ色の縁取りとか、一歩間違えば気持ち悪くなってしまいそうなのになあ。

じどうしゃ (はじめてのこぐまちゃんシリーズ)

じどうしゃ (はじめてのこぐまちゃんシリーズ)